2008.10.04

印米原子力協力協定で思うこと

米印原子力協力協定の米国での成立を受け4日、インドを訪問したライス米国務長官。左はムカジー外相。米印両国政府が原子力協定に正式調印して、同協定が発効する。

理論上というか、本来なら起こりえない事が現実の世界では起こってしまう。今回の印米原子力協力協定などがその良い例ではないか。インドは核拡散防止条約(NPT)に加盟していない。NPT非加盟国への原子力技術支援は原則行わないというのが加盟各国間での約束事だったはず。それでも結局、米国やフランスなど核ビジネスに多大なる利害を持つ国の主張が通り、原則が曲げられてしまった。ここで念頭に措いて置くべき事は、世の中、原理原則やきれい事だけでは済まないということではないか。

終戦後日本が米国から押し付けられた日本国の平和憲法では、戦争放棄を一方的に義務付けられた。それはそれで大変意味のあることではあった。戦争など誰も望まないし、自分の子供を戦争などにやりたいと思う親はどこにもいないだろうからだ。

しかし、時代が変わり、米ソの中が悪くなったり、テロ行為が世界中で蔓延したり、核兵器保有疑惑でアメリカが攻め込んだ国の後始末に米国自身が手を焼くと、先進各国はその支援に借り出され、相当な軍費を支出させられる羽目になった。世界平和のためとか、先進国としての義務とか、美名の下に行われていることのためにどれだけの無垢な民間人が困難な生活を強いられているか。どうも世の中の矛盾が益々複雑になり、解決の糸口さえ見出せなくなってきているのではないかと思えてくる。

そんな中、インドのマンモハン・シン首相が今月下旬に来日する。ほぼ二年ぶりで、核拡散問題や国連改革、地球温暖化問題などを話し合うらしい。その際日本政府に是非明確にしておいて欲しいのは、日本が印米原子力協定発効に賛成したのは、日本の米国追随外交政策の一環ではなく、「日本政府独自の考え」の下に下した判断、ということである。と言ってみて、ふと考えたのは、「日本政府独自の考えとは?」ということだった。

2006年12月に来日したときのマンモハン・シン首相。日本経団連、日本商工会議所、日印経済委員会共催の歓迎昼食会で(島田撮影)

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