乱気流の向こうに見えるもの
インド経済が低迷している。国内総生産(GDP)の伸びは5%程度とは言え、GDP上位10カ国の中では中国に次ぐものだが、8%はあるとみられる潜在成長力と、一時は9%台で推移(2005~2007年)したことを考えると、その不振ぶりが際立ってしまう。果たしてインド経済は復活するのか。ふとマルチ・スズキのバルガバ会長が私に言った「インド人は尻に火がつかないと行動を起こさない」という表現が頭をよぎった。
インドは独立以来続けてきた社会主義的混合経済の失敗や湾岸戦争などの影響で経済(外貨)危機に陥り、1991年自由主義経済に宗旨替えをした。デフォルト寸前にまで追い込まれたので、必死の経済立て直しをおこない、その後の高成長につなげた。
今起こっていることも当時と似ている。財政赤字に加え、経常収支赤字の拡大、補助金に頼ったエネルギーや農業政策の頓挫、史上最安値に転落した為替相場、大幅乱高下する株価、政治家や官僚などの不正に汚職、排除できない硬直化した社会主義体制の残滓など、例を挙げればきりがない。
しかし、事ここに至って変化が起きはじめている。インドでは停電が日常茶飯事だ。なぜなら、発電源の50%以上を占める火力発電向け石炭供給が不足しているにもかかわらず、発電会社は自国需要すら賄えない国営石炭生産会社コール・インディア(Coal India)からの石炭購入を義務付けられているからだ。そこで、インド政府はある一定枠で、発電会社による石炭輸入の認可を発表した。また、インド政府は28日、多くの反対を押し切り、産業や個人用天然ガス価格を約2倍引き上げることを閣議決定した。補助金支出と高額ガス輸入に歯止めをかけ、国産ガス会社による生産量アップが狙いだ。
一方、財政赤字については国営企業株の本格的売却を開始した。私の試算では、インド政府保有の上場企業売り上げ上位10社の株式を現在株価水準で51%まで売り切れれば、GDPの約5%を占める財政赤字が半減する。理論的には、基礎的収支を一時的に黒字化することも可能だ。また7月中には、外資呼び込みのための規制緩和策も発表される。政治家や官僚たちの品行は、どうにも治しようがないから、一般市民の政治意識の高まりを待つしかない。
こうした一連の改革は、一時的には国民への負担が増すが、中長期的にみてやらざるを得ないものだ。20世紀後半の自由主義経済学者の代表格であり、ノーベル経済学賞を受賞している米ミルトン・フリードマン(1912-2006)は、「消費者は将来(の恒常的収入)を考えて行動(消費)する」という「恒常所得理論」を打ち出した。人は現在のみならず、将来を見据えて生きていく。その将来が明るければ、現在の痛みには耐えられる。インドの政治家が、人気取り政策という対症療法政治をやめ、将来を見据えた政策実施を果敢に行えば、国民に安心感を与えるとともに自信回復につながり、潜在成長力実現に向けた歩みがまた始まる。
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