2008.11.23

「プシュカールの老人」

私がニューデリー駐在中の1993年に文化庁在外研究員として画家の西田俊英(しゅんえい)氏がインドに1年間滞在された。今は押しも押されもせぬ日本画の重鎮で、日本美術院の同人、評議員であり、広島市立大学の教授も務める。その西田画伯が1995年、日本美術院賞と新設された足立美術館賞をダブル受賞された作品に「プシュカールの老人」がある。

インド西部のラジャスタン州ジャイプルから少し南西に下ったところに聖地プシュカールという町があり、秋口、らくだの市が立つことで有名で、インド中から、らくだを中心に、いろいろな種類の家畜が持ち寄られ交易が行われる。その町の奥にある静かな村の長老を描いたものだ。

西田画伯の言を借りれば、「私は印度に留学するまで、人物画より風景や動物を描いている方が楽しかった。まして印度は広い。雄大な自然、数多くの遺跡、豊かな動植物。それらを手当たり次第に描きながらも、絶えず彫りの深い印度の人々の視線が気になって仕方なかった。まずは知り合いの印度人から描き始めた。基本通りにポーズを決め、スケッチブックにあたりをつけて描いてみた。しかし、思う様には描けはしない」という壁にぶち当たったらしい。

そして何十人もの印度人を描いているうちに、「どちらがモデルか分からぬくらいに興味津々に見つめる彼等の視線をまともに受ける自信がなかった」ことに気付き、それからは「心で受け止めた」らしい。「彼等の鋭い眼光も訴えるような視線も真っ向に受け、瞳から心の中まで入り込む気概で描きはじめた。すると少しだけだが、自分の求めていた人物画への道が開けた気がした」と言われている。

私は西田画伯の言葉に触れ、インドの人とビジネスをやるときも同じようなものではないかと思った。小手先や上っ面の事象に惑わされ、インド人ビジネスマンを「付き合いにくい連中」などと決め付けてしまう。それでは出来るビジネスも出来なくなってしまう。西田画伯のように、相手の心底にまで入り込み、相手を理解しようとする気概でビジネスをやれば、案外心が通じ合い、それまで気になっていたことが些細なことで、事の本質ではないということに気付くのではないか。日本と中国を始めとした東アジア諸国との人的、及びビジネス交流には大きなものがある。日印間はようやくその緒に就いたばかりだ。これからの日印の各種交流拡大を考えたとき、西田画伯の言う「心で受け止める気概」を忘れてはならないと思う。

西田画伯プシュカールの老人
第80回院展日本美術院賞大観賞 第1回足立美術館賞

西田画伯の公式ホームページ

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