新たな実験の時
ノーベル経済学賞を受賞している唯一のアジア人、インドのアマルティア・セン教授(ハーバード大)と同教授同様に著名な経済学者であるインド人のバグワティ教授(コロンビア大)の論争がインドの主要紙面をにぎわしている。事の発端はセン教授が「少数派(マイノリティ:ムスリムなどを指す)に懸念や恐れを感じさせるような人物は首相になってもらいたくない」と発言したため。それに食ってかかったのが、グジャラート州の経済発展モデルこそインドが目指すべきものとして、モディ同州首相を絶賛しているバグワティ教授。
どちらの教授の考え方に与するか、などとくちばしを挟むつもりはないが、今回の論争はインドが持つ根本的な課題を浮き彫りにしてくれている。一方は社会的弱者救済を主眼とした思想であり、他方はインドの高度経済発展達成を優先する考え方である。セン教授は教育や健康管理を強化することで経済発展が可能になるとし、ケララ州をモデルに挙げている。バグワティ教授は経済発展を遂げることで、教育や健康管理もいきわたるとしている。どう考えても、どちらか一方に軍配を上げるのは至難の業だ。
マクロ経済学的にはグジャラート州の経済発展は素晴らしい。州内総生産(GDP)は依然として10%を達成している。停電もなく、道路網なども完備している。しかし、ミクロ的には見劣りする数値が並ぶ。例えば、女児死亡率は全国平均が49人(1,000人あたり)のところ、グジャラート州は51人だ(2010-2011)。教育が行き届いているケララ州では11人。識字率は全国平均(同)が男子82.1%、女子は65.4%で、男女差は16.7ポイント。グジャラート州は87.2%と70.7%。その差は16.5ポイントと、やや全国平均を上回る程度だが、識字率が90%を超えるケララ州ではその差はわずか4ポイント程度だ。
皮相的な見方かもしれないが、グジャラート州は一般市民、特にマイノリティを犠牲に経済発展を遂げた。ケララ州は教育や健康管理に公費をつぎ込んできた分だけ産業誘致、特に外国企業誘致に遅れをとった。したがって、今インドに求められているのは、グジャラート州とケララ州の発展モデルの融合ではないか。その点では、セン教授の懸念もわかる。果たしてモディ州首相の主張する「ヒンドゥー至上主義」が国政の場で通用するのか。現時点での形勢は、ラフル・ガンディー対モディの対決という観点からみれば与野党拮抗している。モディは彼唯一の弱点であるマイノリティへの配慮(口では言及している)をどう具体的に実行していけるのか。明確な指針はまだみえない。
インド経済は悪循環に陥り、低迷を続けている。その打開策は旧態依然とした制度を抜本的に大幅改革することだ。次期総選挙で、国民会議派(ラフル)BJP(モディ)のどちらが政権に就こうが、セン教授やバグワティ教授が展開する議論の上を行く、強烈な政策の導入が必要となる。インド政治に新たな実験の局面が到来している。
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