見えるものと見えないものと
インドの国家予算が2月29日、発表になった。借金にあえぐ農民救済のために6千億ルピー(約1兆7千億円)を充て、かれらの負債を国家が肩代わりするというものだ。予算総額が7兆5千億ルピーだから、国家予算の約8%にもなる。国防費が11%程度であること考えれば、その額の大きさが分かる。
中には富農もいるが、一般的にインドの農民は悲惨だ。種を買う金がなくて借金する。そしてまともに雨が降らないと収穫が出来ず、所得が得られない。したがって、借金の返済ができず、果ては自殺にまで追い込まれる。
極論すれば、インド政府の農業政策の無策に尽きる。灌漑施設が40%程度の普及率で、農作物の出来もモンスーンの雨頼みだ。就業人口の約7割を農業人口が占める。その人口で生み出す富の国内総生産(GDP)寄与率は20%程度である。いかにインドの農業が非効率であるかがわかる。
時の政府は選挙対策ばかり考え、場当たり的な対応しかしてこなかった。今回のような補助金政策がそうだし、電気料金の減免も抜本的対策ではない。その上、米麦の最低維持価格を決めて、どんなに国際価格が低下しようがお構い無しだ。その分国庫が痛むくらい分かるはずだ。そんな農業政策をやっているから、インド経済の成長率も農業次第ということになってしまう。
インドといえばIT(情報産業)だが、ITや製造業がいくら頑張っても農業が不作ならGDPの数パーセントはやられてしまう。逆に言えば、農業生産がITや製造業の半分くらいの成長を遂げられたら、優に10%成長は堅い。
いくら総選挙が控えているとはいえ、今回の農民救済策は長期的視野に欠けた政策と言わざるを得ない。馬鹿を見たと思うのは、まじめに借金を返済してきた農民だろう。最終的には国が面倒を見てくれるとなれば、借金の踏み倒しを考えるようになり、そこにはまともな農業金融が成立しなくなる。
よく言われる言葉に、「魚をくれてやる代わりに、魚の取り方を教えろ」というのがある。正に、インドの農業もその通りだ。今回のような資金が拠出できるのであれば、それを灌漑などの農業に関する公共財投資に向けるのが筋ではないか。それでは、見える形でのありがたみが伝わってこない。したがって、選挙のときの票につながらないと言うだろうが、長い目で見れば、直接的には見えないものが大きな成果を運んできてくれる。
今回の予算案を策定したのは、1997年にドリーム・バジェット(夢の予算)を世に送り出したチダンバラム蔵相その人だ。同蔵相は97年の予算発表時、「私は正直な人が正直でいられる社会を創りたい」と言って、拍手喝采を浴びた。そのご当人が、真面目にやっている農民をこけにしてどうしようというのか。悪しき前例を残したとして、終生語られることのないよう、見えない対策も推進して欲しいものだ。
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