「インド合衆国」への道
インド出張中の先週10月31日、モディ首相も参加したランニングイベント「統一に向けて走ろう(run for unity)」が開催され、テレビでもその映像が映し出されていた。モディが信奉する故サルダール・パテル(独立後の初代副首相兼内相)の140回目の生誕を祝うことも兼ねていたが、当日は故インディラ・ガンディー元首相が暗殺された日でもあった。
今なぜここで「統一」という言葉を引き合いに出してまで大掛かりなイベントを開催したのだろうか。マハトマ・ガンディーやネルー初代首相が多民族国家の建設に向けて使ったプロパガンダが「多様性の中での統一(unity in diversity)」だった。モディはその多様性を政治の世界で有効活用しようとしているのではないかと思われる。直近の標的は今週末8日に開票が行われるビハール州議会選挙での勝利だ。
9月末にニューデリー近郊のダドリ地区で、イスラム教徒が子牛を殺し家族で食べたという理由で集団暴行され死んだ。実際は牛肉ではなく羊肉だったとのことで、混沌としたインドの社会情勢をあぶりだしている。そして、その背後には政治的意図さえ感じられる。ではなぜそうまでして社会不安をかき立て、政治への不満を募らせるのか。
イスラム教徒の増加で、ヒンドゥー教徒の宗派別人口が80%を割り込んだことが、今夏に発表された2011年の国勢調査で分かった。ヒンドゥー至上主義を掲げ、過激な発言を行う民族奉仕団(RSS)がBJPの支持母体である。その支持母体の機嫌を損なうことなく、またイスラム教徒の反感を買うことなく政治を治めることは至難の業だ。したがって、宗派間での暴力沙汰に対し、モディは沈黙を守ってきた。「なぜモディは黙っているのだ」という疑問の声はここかしこで聞こえたが、モディはそれを承知の上であえて口を閉ざしていた。
そうすることで、危機感を持った人たち、特に若者層やイスラム教徒からの異教徒間対立の緩和に向けた期待値を上げておいて、最後は自分(モディ)が解決してみせるので任せてくれと暗示しているのだ。そういった行動の究極の目的が少数派であるインド上院での過半数奪取である。上下両院のねじれ現象を終わらせたとき、モディの真価が発揮されよう。そのためには混乱する社会情勢までをもたくみに取り込もうとするモディの深謀遠慮が伺える。
多宗教、他民族、多言語の集合体は「アメリカ合衆国」や「欧州連合(EU)」にもなぞらえることが出来よう。長い道のりに、紆余曲折は付き物である。
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