2008.03.31

一国の文化の持つ重み

マッコーレイ卿

先週末、所用で京都に行ってきた。まだ満開とはいかなかったが、場所によっては早咲きの桜が楽しめた。1164年、後白河法皇の勅願によって創建された天台宗の寺、三十三間堂に祭られている仏像にはインド由来の説明がなされており、古来インドの仏教が日本に及ぼした影響の計り無さを再認識させられた。インドに転勤する前5年間ほど関西勤務(大阪支店と船場支店)だったので、月に一度くらいの割合で京都に行き、お寺回りをしていたと思う。インド勤務の命が下りたのは、そんなインドの仏様のお導きだったのかもしれない。

そのインドに駐在していた頃、インド人ビジネスマンに、「古い文化を残しながらも世界第二位の経済大国になれた秘訣を教えて欲しい」と真面目に聞かれたことがある。日本だって必ずしも古きよき文化がそのまま残り、経済発展をしてきたわけではなく、悪しき文化も芽生えている。でも、外から見るとやはり日本という国はすごいと映っていたらしい。というインドも、最近では高経済発展を遂げる一方、古来の文化を頑なに守っているようにも見て取れる。英国は、そんなインドの文化をぶち壊して植民地化し、ミニ英国を作り出そうとしたが果たせぬ夢に終わっている。その辺のくだりはマッコーレイ卿(Lord Macaulay)が1835年2月2日に英国議会で行なった演説に如実に現れている。そのうちのごく一部を抄訳すると以下の通りとなる。

「インドのバックボーンとなっている精神的かつ文化的伝統を徹底的にぶち壊さぬ限り、インドを征服することは不可能だ。したがって、私は由緒あるインドの教育システムや文化をわが国のもので置き換えることを提案する。インド人が英語を含め、わが国のものを自国のものより優れていると感じるようになれば、自身の拠って立つべき基盤を失い、我々の思い通りの人間となり、真の植民地化が果たせる。」

しかし歴史が証明している通り、英国のインド植民地化は失敗し、インドは1947年に独立を果たした。それにもかかわらず、英国統治時代の遺産としての教育システムを高く評価するのがインド人である。マンモハン・シン首相は2005年7月8日、オックスホード大学から名誉博士号を授与されたときのスピーチの中で次のように語っている。

『イギリス統治時代の遺産で重要なものは、クリケットは別格とし、英語と近代的な教育システムと言えます。我々がしゃべる英語は必ずしも正統派「クイーンズイングリッシュ」ではありませんし、分かりづらい面もあるでしょうが、間違いなく英語なのです。いろいろな国がそうしてきたように、インドも自国英語を生み出し、無数にあるインド言語の一つに作り上げました。その結果、R.K.ナラヤンやサルマン・ルシディといった英文学で多大な貢献をした人物も生み出しました』

インドに限らず、相手がどこの国であろうが、その国の文化を尊重するのは当然のことであろう。政治の世界であろうが、ビジネスの世界であろうが、相手国の文化を蹂躙するような愚挙でもって事が成し遂げられるということは無いのだと思う。

肝に銘じておくべきことだ。

二条城内庭園の枝垂桜

南禅寺道路沿いの枝垂桜

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