2009.01.25

オバマ大統領とインド

テロ撲滅のメッセージを込め、オバマ大統領の仮面を付け集合したインドの学生達

アメリカという国は想像すらできないことが起こる国である。アメリカに黒人大統領が生まれることなど誰が考えたであろうか。それも21世紀に入ったばかりのときに。時代が要請したといえばそれまでだが、その要請に柔軟に応えるとともに、その重任に耐えうる人材を用意できるところがすごい。

その初の黒人大統領になったオバマ氏は大統領就任演説のなかで、「時間を浪費しすぎたカビくさい政治論争はもはや通用しないのだ。我々が今日、問うているのは、政府が大きすぎるか、小さすぎるかではなく、機能しているか否かということだ」(24日付日経、以下同)と述べている。これは、かの有名な『文明の衝突』を書いた政治学者サミュエル・ハンチントンの言葉である。もう少し詳しく言うと、重要なのは政府の見てくれではなく、その政府が「どこまで機能するか」ということらしい。

また、オバマ大統領は、「米国の先祖伝来の多様性は弱みではなく、強みだ」とも述べるとともに、「新たな責任の時代」と説いている。何か、米国をインドと置き換えてもおかしく無いような内容で、インドの首相と共にインド国民、なかんずくインドの為政者や官僚にじっくりと読みこなして欲しい言葉である。いや、読みこなすだけではダメで、それを踏まえてどこまで正常に機能する政府を運営できるようになるかを示して欲しいものである。いかに経済発展しても、有効な政治システムが確立されない限り、その経済発展が負の面を作ってしまい、健全な国民生活の発展を阻害してしまうからだ。

インドもこの5月までには総選挙が行われることになっている。そのため、通常なら2月末に国会に上程される次年度国家予算は暫定予算で置き換えられ、来月16日ごろに国会提出が行われ、通過する予定だ。その終了を待って、総選挙の告示となる手はずである。

今度の総選挙の見所は、どれだけインド国民の民度が上がったかを知る点にある。これまでは、いろいろなプロパガンダを並び立て、国民感情に訴えて勝つというパターンが一般的になっていたが、どうも今回はそれではうまくいかないほど中間層の一般市民が賢くなってきているのではないかと思う。すなわち、自分たちが選択しようとしている政治家や政党がどこまで本来の意味で機能しうるのかを見極めてみる、という判断が働きそうだ。視点を変えてみれば、衆愚政治だから、適当にごまかせると思い、まともな政治を行ってこなかった政治家に鉄拳制裁が加えられるかもしれない。もしそうなったら、これからのインド政治は期待が持て、見ごたえのあるものになる。

インドの次代を担うといわれているラフル・ガンディー国民会議派幹事長(ソニア・ガンディー国民会議派総裁長男、38歳)

御茶ノ水にある、湯島聖堂の梅がほころび始めました。(1月25日撮影)

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