インド中央銀行のラグラム・ラジャン総裁
インド中央銀行のラグラム・ラジャン総裁

 ラジャン・インド中銀総裁が3年の任期が終了するこの9月に退任、続投はしないとの表明をした。以前から与党人民党(BJP)幹部からは自国の重要情報を米国に流すなど、反国民的行為が目に余るとして、即刻クビにするべきだとの激しい論争を巻き起こしていた。

 インド人民党(BJP)が2014年政権を奪取する前年9月、当時のマンモハン・シン首相に請われ、米シカゴ大学教授、国際通貨基金(IMF)調査局長、さらには08年の米金融危機を予言したことでも知られる華麗なる職歴を引っさげ、大きな期待を持って迎え入れられた同氏だが、米国永住権維持のため、定期的に渡米することなどもあり、インド中銀総裁という肩書きで箔を付けた後、また米国の大学や国際機関に戻ることを前提にした腰掛的就職のつもりだとの苦言も呈されていた。その背景には、米国居住中も前政権(マンモハン・シン首相)に対し頻繁にインド経済情勢分析報告などを送り、中銀総裁職への就任を働きかけていたという噂もある。

 しかし就任すると大きなフォローの風が吹いた。原油価格の暴落である。インドは自国消費の約8割の原油を輸入に頼っており、雨頼りの農産物価格と併せインフレの主要因であった。その原油価格がピーク時の3分の1程度にまで下落したのを受け、インドのインフレ率もインド中銀目標を下回っている。それを受けてインド政府(BJP)は金利引き下げを断行、いっそうの経済成長に向けアクセルを踏み込みたかった。しかしラジャンは一定の金利引き下げには応じたものの慎重な態度を崩さず、金利引き下げで経済、特に消費需要に活を入れたかったアルン・ジェイトリー財務相との間でたびたび悶着を起こしていたようだ。すなわち、中銀の独立性を堅持、政権とは一線を画すという姿勢が現政権には苦々しく思えてしょうがなかったのである。学者であったシン前首相なら理解してくれたであろうが、インドを変革させ、経済拡大を志向するモディ政権とはそりが合わないことは明確だった。したがって、種々紛々の論議が起こってくるであろうが、ラジャン印中銀総裁の退任は予定されていたものと言える。

 

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